東京地方裁判所 昭和39年(ワ)6852号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔争点〕被告米田が昭和三五年四月原告会社に勤務するさい、被告伊東は他の一名と共に被告米田のために身元引受人となり、被告米田の故意または過失によつて原告に損実を与えたときは同被告と連帯してその損害を賠償すべき旨のいわゆる身元保証をした。ところが被告米田は業務上横領等の行為により原告にたいし、金七九万二、〇〇〇円の損害をあたえた。判決は後記の諸事情をしんしやくした上、被告伊東の賠償額をわずか八万円と認定した。判決はそのしんしやくした諸事情につき、つぎのとおり説明している。
〔判決理由〕ところで、<証拠>によれば、昭和一六年頃被告伊東の経営していた喫茶店によく見える学生で顔なじみとなつた被告米田が絶えて久しい昭和三五年の春頃ふと来訪して久濶を叙しつつ原告会社の社員募集に応じて入社することになつたから身元保証人になつてほしい旨を依頼し、かつ、同郷の誼みで銀座の菓子商老舗塩瀬の保証をもうることとなつた旨を添えて懇請してきたので、被告伊東は情誼上これを拒むこともできず、同被告の就くべき任務の内容、勤務場所、その他雇用条件等につきさらに知らないまま、漫然と身元保証人たるべきことを応諾したこと、他方原告会社は本件身元保証を立てさせるにあたつて、面接したうえでその保証契約を締結したわけではなく、被告米田に身元保証契約書用紙を交付しておき、同被告において右用紙の身元保証人欄に被告伊東の署名押印などをえたうえこれに印鑑証明書を添えて提出しただけで事足りたといういたつて安易な方法に頼つていたばかりでなく、本件保証契約につきその当事者たる原告と被告伊東との合意内容につきその意思疎通手段に供されたものは右契約書記載事項だけであるにもかかわらず、右記載事項には、被告米田の就くべき任務が何であるかはもとより、その任地がどこであるかをうかがわせるなんらの表示もない(本社を浜松市におき、全国的規模をもつてその支店ないし営業所等の企業組織を有する原告使用者の場合において、その被用者たるべき被告米田を採用のうえどこの事業場に配置すべきかを右米田のために身元保証人たらんとする被告伊東に諒知させるべきであることは一そう自明のことがらに属するにもかかわらず、右契約書には原告の本社所在地すら表示していない)といつた粗略をきわめ、このような始初から被告米田の本件不法行為の事蹟すべてをとどめる最終にいたるまで、原告から被告伊東に対しいつさいの接触も連絡もなかつた(この点に関する証人岩田の証言はたやすく信用できない。たまたま被告伊東が被告米田からその任務、任地等につきいくぶんの情報をえたとしても、原告と被告伊東との本件身元契約当事者間において原告が同被告に対し被告米田の任務、任地等を明らかにしておかなければならない義務は、右のような情報のために、いささかも軽減されるものでないこともまたおのずから明らかである)し、およそ身元保証契約の締結にしては、ぞんざいな方式としかいえない右契約書一札の差入のみをもつて、原告会社としてはいかにも能事畢れりとした観が強いこと、したがつて、被告米田が原告会社新宿営業所にて昭和三五年四月原告のいわゆるB種セールスマンをふりだしに固定給歩合給あわせて月額約一万三〇〇〇円程度の地位からやがて昭和三六年一〇月同営業所主任に昇格し、同年一二月以降月額三万二〇〇〇円の固定給を受けるほどにいたつたほか、昭和三五年八月までの間一、二月の短期間ながら、四谷、目白、立川の各営業所勤務をめぐり、昭和三六年一月に入り西大久保から歌舞伎町へ新宿営業所の移転とともにその勤務場所を変更したけれども、このような任務、任地の変更につき被告伊東に知らされるところがなにもなかつたこと、原告会社では被告米田の本件不法行為のような不祥事件の発生はその事例必ずしもすくなしとせず、とくに新宿営業所においては同被告の前にも同様の不実行為があつて、同じ役職に就く者でなければ犯しえないような不誠実の事蹟を経験しているにもかかわらず、旧態依然同種事犯が踵を接したのであるから、被用者である被告米田に対し、その雇用条件の改善をも含めて、その監督に関し、はたして使用者原告に間然するところがないとはいえず、やはり原告会社に過失があつたというほかないこと、被告伊東は借地約一一坪の上に建坪六坪ほどの居宅兼店舗を構え、売上月額九万円程度の小規模の軽食堂を営み、妻子三名を抱えてその生計をたてているが、初老を過ぎてからのながい療養生活に疲れ、その病気治療のために身内から仰いだ借金一三万円の返済を気にしている状況であつて、本件不法行為の張本たる被告米田がその刑事責任追求の強迫にさらされながらいまだに一銭も弁償しえないままでいる窮境にてらして、とうていその出捐に係る金銭の求償を期待しえない以上、被告伊東がその身元保証責任にもとづき負担する損害賠償の範囲如何はただちに同被告の維持すべき生活のぎりぎりの線を脅やかすにいたるべきありさまであることなどの事実をうかがうことができる。このような認定事実のほか本件に顕われた一切の事情をしんしやくし、被告伊東の本件身元保証にもとづく損害賠償の責任はまつたく否定し去るわけにはいかないけれども、その金額をかなり低減して定めるべきものとすることはおのずから首肯しうるところというべく、つまり同被告の賠償すべき金額は金八万円が相当であると解するのを相当とする。(中川幹郎)